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優西

Author:優西
20代♂ 学生

東京の片隅で大学生奔走中。

東アジアが大好きで
そっちのほうによく旅行します

現在台湾の大学に留学中(2010.09-)
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アジア人のこころ⑥

「親日」台湾の幻想 (扶桑社新書)「親日」台湾の幻想 (扶桑社新書)
(2010/09/01)
酒井 亨

商品詳細を見る


やっとこの本にモノ申す時がやってきました。
個人的には満を持してという感じか。
完全に書評という感じになります。

まず、amazonから内容について簡単な説明があるので、それを参照したい。

台湾こそ『親日』『愛日』」は日本人の勝手な思いこみだ。我々日本人は、台湾人が戦前の日本統治を高く評価していると思っているが、それは大きな誤解である。実際の台湾人は、戦前の日本統治に対して強い批判や不満を持っている。日本統治をもう一度経験したいかと言われればほぼ100%の高齢者が否定するだろう。若者たちならば、即座に「いまの日本が良い。戦前の日本なら真っ平ごめんだ」という返事が返ってくる。「日本統治時代が良かった」と言う人のほとんどすべては、あくまで「戦後中国からやってきた国民党に比べて(・・・・・・・)良かった」という相対評価なのだ。
 日本のサブカルチャーが大好きな若者は、「哈日族」に代表されるが、台湾にはたくさんいる。彼らの日本好きはかなりエスカレートしており、高校の第2外国語に日本語を選択する生徒がかなり多かったり、アニメで独自に日本語を勉強して相当なレヴェルに達している若者も多い。日本全国津々浦々を旅する台湾人が出てきたり、これはもう「哈日族」というよりも「萌日族」といっても過言ではなかろう。
 そんな台湾に居住すること10年を超える著者が、「正しい」台湾人の日本観、さらにアジアやヨーロッパの庶民レヴェルで日本が大変高く評価されていることをレポートし、これから日本が世界でどのような立ち位置で外交を展開していけばいいのかを提言していく。

目次より
「親日」ではなく「媚日」を期待?/台湾人を無視した「親日論」/「あるがままの台湾」を見ていない日本人/日本による台湾統治の真実/日本人の視点で見てはいけない/二・二八事件がつくった「親日」/一貫性のない台湾の「反日」勢力/反日派の自己宣伝に利用される尖閣諸島問題/外省人だからといって「反日」とは限らない/日本語世代の正体/哈日族/若手世代の日本語人気/『篤姫』人気から日本史への関心も/日本津々浦々を旅する台湾人/台湾独立派増えず日本傾斜進む/もはや反日政権でも変えられない「親日」/台湾に中華人民共和国の影響力などない/「萌日族」/「平和日本」の国際的評価は高い/西欧植民地主義への反発としての親日/日本を代表する「ヘンタイ」?/好戦的な米中とは距離を/「中国軍事大国論」のウソ/伝統的アラブ重視路線/まずは近隣の台湾と韓国から同盟せよ/米国を疑い、ドイツに注せよ/中国にも憲法九条を! ほか

(http://www.amazon.co.jp/)

ちなみにアマゾンでは、この本の分類として以下のように区分されている。

本 > 新書 > 扶桑社新書
本 > 社会・政治 > 社会学 > 日本論
本 > 社会・政治 > 社会学 > 社会学概論

一つ疑問に思うことがある。


なぜこれが「日本論」なのか?



なぜ台湾の事について記述した本が日本論や社会学概論という区切りをされているのか。
まずそのことを念頭に置いたうえで考えていきたい。

まず内容について、大体の事は上に書いてあることと同じだが、
はじめに日本で取り上げられている「親日」台湾について、それが誤りであることを指摘する。

そして日本人の視点で見てはいけない、日本人の自己中心的な視点で「台湾」をつまみ食いしてはいけないとしたうえで、日本の植民地統治が評価されている側面と評価されていない側面の両方を直視し、「台湾人の目線に立って歴史を見ようとすること」が重要とする。

ここまでは私はおおむね賛成だ。日本人は台湾の歴史を日本人の視点で見ている事を自覚しなければならないと思うし、そして台湾人の立場というものも理解する努力が必要だと考える。



だが、ここからこの本が分からなくなる。


分からなくなると言うのは、筆者の意見が誤っているとか、事実誤認があるとかという問題ではない。
次に詳しく見ていく。

筆者はこの後で、では台湾の「親日」はどこからきているのかということで、
現代の日本について論じ始める。
「日本のマスコミはやたらと中国や南北朝鮮の反日的な動向ばかりを報じているので、世界には反日感情が蔓延しているような錯覚にとらわれがちだが、アジア諸国をはじめ世界には親日あるいは萌日的な人たちの方が多い。」
としたうえで、日本のサブカルチャーの流行や、日本の国際的評価を提示していく。

そして今の日本人はあまりにも内向きだとし、「「自虐史観」を非難する右派も、親日国家の存在を否定する左派も、いずれも世界の中で日本を捉えようと言う視野が欠けていて、日本という島国の殻に閉じこもっている」ことを日本人の欠点として挙げたうえで、日本がこれから取るべき方針として、国際社会に広がる日本に対する好感や信頼感を武器にした多角化路線を挙げる。そして台湾のような「アジアに広がる親日感情や日本への信頼感を認識し、それをばねにすべき」と述べる。

そして最終的に、筆者は以下のようにまとめる。
「親日・「萌日」でもある台湾は、日本がアジアと接する場合の格好の玄関口・窓口になるだろう。そしてそのためには、台湾と台湾人が日本をどのように見ているかをありのままに正確にとらえる必要があると考える。」


上の部分と、下の部分を良く比較してもらいたい。
上の結論で否定されている部分「日本人の自己中心的な視点で「台湾」をつまみ食いしてはいけない」と、下の結論手前の部分「アジアに広がる親日感情をバネにする」という部分がかぶっていないだろうか?

そのほかにも、論理的に非常に可笑しい部分が多く散見される。
(例えば、日本が標枯れているのは、歴史ではなくて、いまの平和と豊かさだから、謙虚に世界と接することが必要だと述べて、その次のページで、台湾人が日本人を評価しているのは、江戸時代から継承されている日本人の素養の部分だと言う。もうよくわからない。)

確かに、筆者の問題もあるかもしれない。
基本的に「10年間台湾に滞在した」筆者は、「私の経験から言えば、…」という記述スタイルを一貫しているために、amazonのようにこの本を分類するのには難がある。
しかし、だからと言ってこの本の評価が損なわれるわけではないと私は考えている。筆者が最後に述べている言葉、「国際舞台に出る上での試金石としての台湾・韓国」というのは非常に的を得ていると感じるし、内容はどうあれ、上部の結論は大いに賛成するところである。政治的な思想である右左の言説の盲点を見事に論破している。


だが、個人的には読んでいて「どんどんわからなくなる」。
ここで、この本が分からなくなってしまう理由を考えたい。
私は、単に筆者の能力の問題ではなくて、「このテーマで本を執筆することのむずかしさ」にあると考える。


はっきり言って、上部と下部は全く違うコンテクスト(文脈)なのだ。上部は歴史認識に関する記述。そして下部は特に90年代以降にはっきりしてきた、グローバリゼーションの中での日本の好感度の問題だ。だから、上部と下部をわけて出版すれば、この本はまったくもって問題なかった。むしろもっといい評価で世間的に知られることになるはずと思っている。しかし、この二つが結び付けられる。その二つを結びつけるものは何か。それは「親日」という言葉だ。

僕は先日新聞記事を読み漁っていて分かったことだが、「親日」の言葉の意味にはふたつの意味が混ざっている。それは、「日本統治を評価する」という文脈と、「日本のモノは良い」という文脈だ。まったく異なる二つのものが、同じ言葉で説明されてしまっている。僕はここに問題があると思っています。

確かに、筆者は「左右」の思想を論破することに成功した。しかし、「親日」という言葉が意味するものをあまり意識せずに、異なる二つのものを同じ次元で論じようとしたことが、このような「わかりにくさ」を生み出す原因となってしまったと私は考えています。

そして「親日」「反日」という言葉で捉える事から脱却できていない。それゆえに、台湾の外省人に対する位置づけが非常に曖昧になっている事や、国民党のコンテクストがあまりにも欠けている事等、台湾の現代史に関する(わずかながらの)誤認を生み出しています。筆者なりにその問題にも気づいているようで、筆者は独自の言葉「萌日」を用いて今の現象を分離しようとする試みを行っているものの、それが論述の方法から「親日」の中に包摂されているような形で出て来てしまったため、あまり異彩を放つような概念にまではなっていない。

僕としては筆者にケチをつけているんじゃなくて、どうして「親日」で捉えちゃったんだろう、という社会的な認識の方に疑問提起をしているわけです。

そしてここに、この本が「日本論」で区切られるゆえんがあると思う。

どうしてこういう現象が起きてしまったか、ということに関してはまだ分かっていません。相当に勉強しないと分からないことだと思うし、そして一筋縄にはいかない問題だと思っています。これは僕の今後の課題であり、一種僕のライフワークの一つとして位置付けています。

そして、本当に「試金石」として東アジアの中で台湾を位置付けるならば、如何にして「親日」「反日」という言葉の捉え方を逆転させていくか、(難しい言葉で言うと脱構築していくか)というものが重要になってくると思います。


だから、この本は以下の点+むやみに台湾人はこうだとか中国人はこうだと勝手に定義している部分に注意さえすれば、台湾を知る上で良い本であると言えます。だって事実誤認はありませんから。

――――――――――――――――――――――――――――

ということで、とてつもなく長い文章を書いて、この本をほめたのかほめていないのか良く分からない形で締めくくる形にはなりましたが、この本の率直な感想としては、こうして長い文章を書いて僕が提示した問題点もひっくるめて、「アジア」を考える上でいい題材になります。というかこのタイトルで本を執筆できる酒井さんは本当にすごいと思っています。



どんどん文章が長くなって、多分今回は歴代で最も長い文章となってしまいましたが、ここまでお付き合いいただいている方、どうもありがとうございます。それでは…。

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アジア人のこころ | 02:44:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
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